研究の目的
1. 研究の全体構想、本研究課題の目的
本研究は、16-19世紀における伝統都市の歴史的特質を、巨大化を遂げた諸都市―江戸・ロンドン・パリなど―の分節的な社会=空間構造(分節構造)、とりわけその基底にある社会的結合の存立機制に注目し、伝統都市の分節構造に関する主要な史料群の把握・収集とその共有化をはかりながら、これまでの十数年間にわたる共同研究の成果の上にたって、事例間の比較類型論的把握を格段に進展させようと試みるものである。
1.1. 問題の所在
人類史は都市史と同義ともいいうる新たな段階に至った。21世紀初頭のニューヨークのグラウンド・ゼロやロンドンの地下鉄爆破テロは、高度資本主義システムの達成としての大量生産・大量消費に依存する繁栄の下で、単一化を遂げた市民社会が非和解的に分裂し、都市周縁部においてあらゆる貧困と荒廃が蓄積するという矛盾を劇的に顕在化させ、現代都市が「死者の都市」への道を歩みかねない現実を露呈させた。現代都市が直面する危機の歴史的根源は何か。危機はどのように回避しうるのか。それは、現代都市を生きる市民が生活世界を基盤とし、自由で世界に開かれた社会的結合を創出、あるいは再生させ、これを基礎とする“単位地域”を都市域内に“歴史個性”的に育むことにかかっている。かかる歴史個性とは、とりわけ歴史の中の諸都市、なかんずく近代が直接相対した16-19世紀の伝統都市において多様に形成されてきた。市民的共同の下で歴史個性的な最適都市を構築するためには、個々の伝統都市における社会=空間構造の達成と限界を社会的結合の特質を軸に精緻に明らかにし、諸国・諸地域における類型を把握して、これらに深く学ばねばならない。
1.2. 研究の全体構想
5年間に及ぶ研究期間における全体構想の主要な内容は以下のようである。
i. 伝統都市論の総括と新たな論点提起、および全体史叙述
本研究では「従来の研究経過・研究成果」で述べるように、1992年以来三次にわたる伝統都市論の共同研究の総括と新たな展開を企図する。このために、前半期に『講座・伝統都市』全4巻を編集・刊行し、これまでの到達点を確認する。また08年度に、伝統都市論を軸とする方法提起に関する論著を刊行し都市史研究の進展に向けての基盤を確定する。後期には、伝統都市の個別事例について分節構造論を軸とする全体史叙述をめざし、全10巻程度の単著書き下ろしシリーズを企画・刊行する。
ii. 主要な基礎史料群の包括的把握と史料調査・収集およびデジタル化による共有
本研究では日本、イギリス、フランス、アメリカ合衆国、中国における16-19世紀以来の歴史的系譜を有す旧伝統都市を限定的に取り上げ、それぞれの社会=空間構造に関する基礎研究の前提となる史料群の所在を包括的に把握する。得られたデータは基本文献とともにデジタル化し、所属研究機関のホームページを介して公開する。汎用性の高いテキストは、写真撮影による史料収集を実施し、一部デジタル化を含め、研究組織メンバーの所属機関などを介して公開をはかる。
iii. 伝統都市論をめぐる国際的な研究交流の促進とネットワーク構築
すでに伝統都市論をめぐる国際的シンポジウムや研究交流をいくつか積み重ねてきたが、こうしたネットワークを格段に広げ、質的にも一段階ひきあげる。このために以下の事業を行う。a.イギリス、フランス、アメリカ合衆国、中国の主要な都市史研究者を1名ずつ日本に招き、伝統都市の分節構造をめぐる高密度の研究交流を実施する。交流の成果は『年報都市史研究』(山川出版社)誌上に随時公表する。b.研究課題に関する少人数・長期間の国際的ラウンドテーブルを毎年1回ずつ国内・海外交互に企画・運営する。そこでの研究発表や討論の成果は、次年度秋に『年報都市史研究』で公表する。
iv. 「都市史研究センター」の設置
本研究の諸課題を円滑に実行するため、東京大学大学院人文社会系研究科内に「都市史研究センター」を設置する。ここに研究支援者を1名常置し、研究組織の運営と諸課題の進展をはかる。
2. 当該分野におけるこの研究計画の学術的な特色・独創的な点、および予想される結果と意義
本研究の特色及び独創的な点は以下のようである。
2.1 伝統都市研究の方法
i. 都市史の三分法把握と伝統都市論
本研究は、都市の歴史を「伝統都市→近代都市→現代都市」という三分法による継起的な展開として捉える点に特色がある。19世紀第四・四半紀に北米で形成され、一世紀余の間に地球的規模で普遍化した都市類型を“現代都市”と規定し、前近代においてそれぞれの生産様式や社会構造に規定される個性的な都市類型を“伝統都市”として括り、現代都市への過渡期の都市類型を“近代都市”として捉える。
ii. 分節的な社会=空間構造論(分節構造論)
伝統都市分析の方法を社会=空間構造把握を基礎とした分節構造論におく。これは、都市を構成する権力、宗教、社会的権力、中間層、民衆世界などを、社会と空間の分節的な関係構造として統一的に把握しながら研究する方法で、研究経過で示す1992年以来の歴史学と建築史学による、とくに日本近世都市史に関する学際的共同研究のなかで独自に創造されたものである。
iii. 社会的結合論とのすりあわせによる伝統都市の比較類型論的把握
ii. で述べた分節構造を構成する一つ一つの要素=単位について、フランスの社会史において提起された“社会的結合sociabilité論”(二宮宏之『歴史学再考』、日本エディタースクール、1994年)の方法に改めて注目し、分節構造論との異同を検討しながら、都市社会構造分析方法の深化をはかる。そして、都市の表層レベルの素朴な「比較史」ではなく、伝統都市社会の基礎を構成する社会的結合の具体例に下降し、基礎構造において異なる地域・国家間の比較と、その類型把握を試みる。
iv. 分節構造における現代都市類型の萌芽の探究
iii. での比較類型論的把握の中から、西欧や北米の巨大伝統都市に内在し、胚胎する現代都市類型の萌芽を、分節構造、あるいは社会的結合関係の具体相においてどのように析出しうるかを検討する。特に商品・貨幣所有や労働力所有を核とする社会的結合の解明が焦点となろう。
2.2. 基礎史料群の包括的把握と史料調査・収集およびデジタル化による成果の共有化
i. 研究組織メンバー主導の“単位グループ”による基礎史料群所在調査・研究(以下「基礎史料群調査」と略称)
本研究では、研究代表者をはじめ6人のメンバーが中心となり、固有の研究テーマ(基礎研究課題)をもって史料群調査・情報収集を目的とする作業課題を設定し、傘下に少人数のグループを編成する(単位グループ)。単位グループによる調査研究の成果は所属研究機関にストックするとともに、コア=都市史研究センターに集約し情報の一部デジタル化を推進し、所属研究機関のホームページを通じて公開する。
ii. 基幹的史料の写真撮影とテキスト化(以下「基幹的史料(調査)」と略称)
コア=都市史研究センターにおいて、とくに国内における16-19世紀・伝統都市関係の基幹的史料のうち、マイクロフィルム撮影が未着手なものについては当該史料の所蔵機関との協議をふまえて史料撮影を推進し、マイクロフィルム、写真版テキスト、一部デジタル化などにより、閲覧・研究利用の基礎条件整備に寄与する。
iii. 国内で新たに発見された伝統都市関係史料の現状記録調査
日本国内において新たに見出された、いくつかの伝統都市の分節的な社会=空間構造に関するいくつかの史料群については、現状記録法にもとづく史料調査を施し調査報告書を作成する。これらも、研究利用のためにデータや目録を一部デジタル化し、公開する。
2.3. 予想される結果と意義
本研究計画の遂行によって得られる結果とその意義は以下のように予想される。
i. 16-19世紀都市史の総括と新たな指針の提示
1990年代以降顕著に進展してきた日本近世都市史研究の成果と到達点をふまえ、⑴日本古代・中世都市史、⑵日本近現代都市史、に対しても伝統都市論の視点から新たな論点を提起し、論争点を明示することで研究状況を活性化させうる。またヨーロッパやアメリカ合衆国、さらには東アジア、イスラーム世界における伝統都市研究についても、社会の基底部における構造的特質解明―分節構造論―の視座から比較類型把握を試みることで、研究交流の基盤を画期的に拡大することが期待される。
ii. 史料群へのアクセス条件の整備
伝統都市の分節構造に関する基本史料の包括的把握と所属研究機関を通じての公開により、国内の研究環境は一段と整えられる。また史料所在データや調査報告、目録や一部デジタル化により、国内外の都市史研究者に対して、研究上の利便性・汎用性について大きく寄与することになろう。
3. 国内外の関連する研究動向、これまでの研究実施状況、および当該研究の位置づけ
前近代の都市比較史の試みとして、a. 『江戸とパリ』(鵜川馨他編、岩田書院、1995年)、b. 『近世の大坂』(脇田修他編、大阪大学出版会、2000年)、c. 『東アジア近世都市における社会的結合』塚田孝他編、清文堂、2005年)などがある。aは二都市間の比較史にとどまり、bは大坂の共同研究である。cは社会的結合論から近世都市を読み解く試みを行うが、東アジアの比較史に限定される。これらの成果をふまえつつ、日本・イギリス・フランス・アメリカ合衆国・中国における、巨大化した伝統都市の比較史を、分節的な社会=空間構造や社会的結合レベルの類型化を基礎に実施し、史料基盤の整備をはかる点に特徴がある。
本研究の方法と理論は、1990年代以降、研究代表者が中心となって企画・運営してきた以下の一連の諸研究の達成によるものである。
i. 『日本都市史入門』全3巻(高橋康夫・吉田伸之編、東京大学出版会、1989-1990年)および『日本の近世』第9巻「都市の時代」(吉田伸之編、1992年、中央公論社)で、はじめて日本建築史との学際的共同研究を構築し、日本近世都市の社会構造と空間構成の解明に向かった。
ii. 『身分的周縁』(塚田孝・脇田修・吉田伸之編、部落問題研究所、1994年)において、近世における身分の特質を根源から捉えなおし、研究代表者は乞食=勧進層の実証研究を行い、社会的結合論の多様な可能性を呈示した。
iii. 『巨大城下町江戸の分節構造』(研究者調書参照。以下同)において、研究代表者は分節構造論を提起し、本研究における基本的方法を確立した。
iv. 『新体系日本史6 都市社会史』において、研究代表者は前近代日本の主要な都市類型である城下町の特質を論じ、伝統都市論を提起した。
v. 『日本の歴史17 成熟する江戸』において、研究代表者は江戸の全体史叙述を試み、分節構造論と社会的結合論とのすりあわせを端緒的に試みた。
vi. 『身分的周縁と社会=文化構造』において、研究代表者は伝統都市における文化の諸相を分節構造論と結合させて多面的に論じた。本研究は、これらをふまえ、伝統都市の比較類型把握をめざし、併せて全体史叙述を試みるものとして位置付けられる。
年度計画
1. 平成18年度
研究目的の達成に向けての研究計画と方法について、研究組織体制、研究課題の三つの位相、経費との関連性、第1年度の研究計画、の四項に区分して述べる。
1.1. 研究組織体制
次の3つの相から成る研究組織体制を整える。
i. コア=都市史研究センター
前述したように研究代表者を中心に、東京大学大学院人文社会系研究科に「都市史研究センター」を置く。センターは研究計画遂行の運営母体となり研究会などを主催し、諸研究成果を集約、また予期される問題点を自己点検し、修正する機能を持つ。
ii. 単位グループ
研究代表者・研究分担者が中心となり、5つの地域ごとに諸課題遂行の実質主体となる。またそれぞれ年数回ずつの小研究会を主催する。
iii. 研究補助メンバー
各単位グループに国内外の若手研究者3~4名程度、研究補助メンバーとしてプールする。
1.2. 研究課題の位相
全体構想で述べた点をふまえ、本研究での研究課題を次の3つの位相に区分する。
i. 基礎共同研究
本研究課題のもとに、以下の5つの共通論題を掲げ、各年次ごとの年間テーマとして取り上げ、シンポジウムで集中的に議論する。その成果は『年報都市史研究』などで公表する。
1.「分節構造と社会的結合」:伝統都市の社会=空間構造を分析し、比較史の方法としてどのように深化させうるかを吟味する。2. 「現代都市類型の創出」:伝統都市の対極にある現代都市類型の萌芽と生成の具体層を検討する。
3. 「都市の周縁」:巨大化を遂げた伝統都市の内部、あるいはその外縁部、さらには小都市にみられる周縁的・非社団的社会集団および社会構造の特質を考える。
4. 「都市民衆世界と近代」:伝統都市の社会=空間構造に占める民衆世界の位置を計測し、これが近代化の過程でどう解体するか、あるいは近代都市をどう拘束するかを検討する。
5. 「伝統都市の比較類型」:16-19世紀伝統都市の分節構造について比較類型把握を包括的に試みる。
ii. 基礎研究
研究代表者・分担者は、本研究課題のもとにそれぞれのディシプリンに基づき基礎研究課題を設定し、単位グループの運営を通して本研究の共通課題遂行のために、基礎的な調査・研究活動を行う。基礎研究課題とその内容は以下のようである。[( )は研究課題責任者]
1. 伝統都市江戸の解体(吉田伸之):幕末・維新期における江戸の解体過程を精緻に検討し、伝統都市の周縁にみられる特質を、社会的結合の変容を中心に明らかにする。2. 伝統都市インフラ建設を巡る社会=空間構造(伊藤毅):16-19世紀における都市インフラ(橋・道路・水路)建設の過程を、権力および社会構造との関わりに注目しながら検討する。
3. 18世紀を中心とする連合王国の都市(近藤和彦):北米13植民地を含む18世紀連合王国の諸都市を対象として、王権・議会との関係や市場経済との関わりの中で、社会的結合の特徴を考える。
4. 近世パリにおける社会的結合と文化変容(高沢紀恵):近世パリの社会的結合関係を、(A)近隣関係の変容と、(B)エリート層の文化変容の両側面から検討する。
5. 日本近世における都市性の普及と地域社会(森下徹):大坂・徳島・山口周辺、厳原などを対象とし、社会的結合における都市性を軸にした個性的な地域社会構造の解明をすすめる。
6. 清代都市の社会的結合(吉澤誠一郎):有力宗族の族譜や、イギリス・アメリカ・フランスなどの外国人宣教師の記録などの分析により、清代都市における同族関係の特質を検討する。
iii.基礎史料群の包括的把握と成果の共有化
基礎史料群調査
単位グループごとの個別研究課題にもとづき、基礎史料群収集の前提として所在調査を行う。得られたデータはコアに集約し、そのデジタル化をはかる。史料群と所蔵機関の概要は以下のとおりである。(1~6は前述の基礎研究課題を示す)
1.「順立帳」「府治類纂」を中心とする明治初年~10年の東京府史料。(東京都公文書館)2. 東京都公文書館蔵内田文庫。パリ市古文書館、同市庁文書館、同歴史図書館所蔵オスマンのパリ改造関係史料。
3. ロンドンBritish Libraryの Additional Manuscripts(ニューカスル公、タウンゼンド伯など国務大臣歴任者の私家文書)。ニューヘイヴンYale University における18世紀イギリス史料コレクション。
4. フランス国立公文書館série H2収蔵のパリ市当局記録。同série Y収蔵の国王裁判所シャトレ文書。
5. 大阪市立大学蔵・日本経済史史料、鳴門教育大学蔵・後藤家文書、山口県文書館蔵・毛利家文庫、対馬歴史資料館蔵・宗家文庫。
6. ロンドン大学アジア・アフリカ学院所蔵、宣教師関係の書簡・報告書類。東洋文庫、北京大学図書館、台湾国家図書館、ハーバード・イエンチン図書館等所蔵の族譜。
基幹的史料調査
次の四つの史料群について、未撮影史料の撮影に関して史料所蔵機関との協議をはじめ、部分的に作業に着手する。当面、以下のものに重点的に取り組む。
a. 国立国会図書館所蔵旧幕府引継書の未マイクロフィルム化部分。b. 東京大学大学院法学研究科・法制史資料室所蔵の江戸・京都・大坂関係文書。
c. 東京都立中央図書館所蔵の江戸町方関係史料・絵図。
現状記録調査
以下の史料群について、他の研究機関との共同を含めて、現状記録法(吉田伸之「現状記録をめぐって」吉田伸之・渡辺尚志編『近世房総地域史研究』東京大学出版会、1993年)による史料調査を実施する。
a. 逸身喜一郎氏所蔵文書(大坂両替商銭屋佐兵衛および逸身銀行関係史料)。b. 佐藤健二氏所蔵文書(京都薬種店中野家旧蔵文書)。
c. 原彰一氏所蔵文書(飯田城下町中馬問屋関係文書)。
d. 長野県下伊那郡清内路村下区区有文書(御榑木山と江戸材木問屋関係史料を含む)。
e. 今関久枝氏所蔵文書(千葉県長生郡長南町の旧家文書。江戸への出店史料を含む)。
f. 小澤七兵衛氏所蔵文書(滋賀県野洲郡大篠原の旧家文書。近江商人関係文書を含む)。
1.3. 経費と研究計画との関連性
本研究の経費は、1.1.・1.2.で記した研究組織の運営および研究計画の実施と、以下のように関連する。
i. 研究組織の運営
コア=都市史研究センター
これには研究支援者1名を常置し、必要に応じて補助員を雇用する。研究計画推進のために、基本的な器材(電子機器・調査器材・リーダープリンターなど)を整備、運用する。
単位グループ
コアから離れた研究機関・部局に対して電子機器・調査器材などの整備をはかる。
ii. 研究計画の実施
基礎共同研究や個々の基礎研究課題遂行のために必要とされる国内外出張旅費、調査費、補助員への謝金などである。
iii. 史料群の調査とデジタル化
国内の史料群現状記録調査には、旅費、補助員への謝金、消耗品(マイクロフィルム、整理用中性紙封筒、保存用中性紙文書函ほか)を要する。また国内外の史料所在確認や史料収集においては、旅費、補助員への謝金、委託撮影経費、現像料等が必要となる。
1.4. 初年度の研究実施計画
(1)~(3)を前提として、初年度には以下のように研究計画を設定する。
i. 研究組織の立ち上げ
本研究の中核を担うコア=都市史研究センターを早急に確立させる。若手研究者から研究支援者を1名採用し、これと研究代表者・研究分担者の計3名からなる運営委員会を発足する。コアを設置する東京大学大学院人文社会研究科に、研究計画実施の基本となる設備・備品(史料調査用器材、基本文献と刊行史料類、パーソナルコンピューターと周辺機器、マイクロフィルム・リーダープリンターなど)を更新し、あるいは新規に調える。
ii. 基礎共同研究の着手
第1年度の共通論題として「分節構造と社会的結合」を設定する。これについての共同研究を推進・運営するために、研究期間中に年数回ずつコア主催の定例研究会(都市史研究会例会)を開催するが、このほかに以下の事業を行う。
(A).フランス社会科学高等研究院からsociabilité論に関する専門研究者を、秋季に2週間日本に招待し、国内のフランス近世史研究会を含めて当該テーマに関するラウンドテーブルを東京大学で開催する。ここでは伝統都市の分節的な社会=空間構造分析にむけての方法・理論について検討する。このラウンドテーブルにむけてのペーパーは事前に日仏両国語に翻訳し、成果は(B)とともに次年度中に公刊する。
(B).(A)のラウンドテーブルをふまえて、11月初旬に2日間、東京大学において「分節構造と社会的結合」をテーマとするシンポジウムを開催する。これには(A)で招いたフランスからの研究者を含む6本の報告者を立てて、当該テーマに関する具体的な検討素材を得て議論を深める。シンポジウムの成果は(A)とともに『年報都市史研究』15号(山川出版社、2007年10月刊行予定)に一括して掲載する。
iii.基礎研究の着手
研究代表者と研究分担者は、初年度の研究計画にもとづき、それぞれが掲げる前述の6つの基礎研究課題に早急に着手する。このために国内外の専門研究者若干名からなる単位グループを組織する。単位グループによる調査研究の成果は、コアが主催する定例の研究会(都市史研究会例会)において順次発表する。
iv. 基礎史料群の包括的把握と史料調査・収集およびデジタル化による成果の共有化
研究代表者・分担者は個別研究課題に関する基礎史料群の所在調査とともに、前掲の史料群について史料収集を開始する。またコアによる基幹的史料群についての作業も同時に開始する。これらは研究期間中を通じて継続する作業領域となる。
2. 平成19年度
以下平成19~22年度の研究計画と方法を、まず年度ごとの重点課題についてふれ、さらにi.基礎共同研究、ii.基礎研究、iii.基礎史料群・基幹的史料の調査とデジタル化に区分しながらのべる。
第2年度の最重要課題は『講座・伝統都市』全4巻の刊行である。ここで1992年以来積み重ねてきた伝統都市論の達成点を共同で確認し、本研究における諸課題を再吟味し、さらに次のステージにむけて論点を提起する。
i. 共通論題として「現代都市類型の創出」をとりあげ、以下の事業を行う。(A). アメリカ合衆国コロンビア大学からニューヨーク史研究の専門家を夏季に2週間招聘し、伝統都市の対極にある現代都市類型の歴史的生成過程の問題をめぐって研究交流を行う。またこれをふまえて、9月にコロンビア大学において、当該テーマに関するラウンドテーブルを開催する。(B). (A)をふまえて、11月初旬に飯田市歴史研究所において2日間にわたる国際シンポジウムを開催する。(A)・(B)の成果は『年報都市史研究』16号に掲載する。
ii. 単位グループによる6つの基礎研究課題を本格的に進める。このために基礎史料の収集に多くの経費を割り当てる。このうち、課題1・2についてそれぞれ小規模なシンポジウムを東京大学において開催する。
iii. ii. の調査研究の成果である基礎史料群情報、および基幹的史料収集の集約を行い、デジタル化作業を本格化し、当該年度内にホームページ上での一部公開をはかる。また前に掲げた現状記録調査のうち、a・bを完了させて成果報告書を刊行する。
3. 平成20年度
第3年度の重点課題は、本研究の中間地点として当初の設定課題を再吟味し、成果や予期せぬ問題点を自己点検する中で研究計画や研究体制を修正するところにある。また、分節構造論を基礎とする伝統都市の全体史叙述に関する刊行計画を確定し、原稿執筆に入る。
i. 共通論題を「都市の周縁」に設定し、次のような事業に取り組む。(A). 中国天津市社会科学院から、中国の伝統都市に関する専門研究者を秋季に2週間招聘し、当該論題をテーマとするラウンドテーブルを東京大学で開催する。(B). 11月初旬に大阪市立大学において2日間にわたり、(A)をふまえた内容のシンポジウムを開催する。これら(A)・(B)の成果は『年報都市史研究』17号に一括して掲載する。
ii. 6つの基礎研究課題のうち3・4について、それぞれ小規模のシンポジウムを東京大学で開催する。
iii. 基礎史料・基幹的史料に関する情報のデジタル化と一部の公開を継続させる。前述の現状記録調査のうちc・dを完了させて、成果報告書を刊行する。
4. 平成21年度
第4年度の課題は、伝統都市論に関する研究動向の整理や、比較類型論に関わる新たな問題提起を含む論集を編集・刊行することを軸とする。これによって、伝統都市を素材とする方法的な土台を確固としたものとする。
i. 基礎共同研究の共通論題を「都市民衆世界と近代」とし、これを中心に以下の事業を行う。(A). イギリス・オクスフォード大学から近世ロンドン史の研究者を夏季に2週間招聘する。これをふまえて9月に、ロンドン大学において共通論題をめぐるラウンドテーブルを開催し、都市民衆世界の分節構造の性格を吟味する。(B). 11月初旬に山口大学において、2日間にわたるシンポジウムをひらく。これら(A)・(B)の成果は『年報都市史研究』18号に掲載する。
ii. 6つの基礎研究課題のうち5・6を主題とする小シンポジウムを、それぞれ東京大学において開く。
iii. 引き続き基礎史料・基幹的史料に関する収集情報を随時デジタル化し、一部の公開をすすめていく。また前掲の現状記録調査のうちe・fまでを完了させ、成果報告書にまとめて刊行する。
5. 平成22年度
最終年度では、5年間におよぶ共同研究・調査の集約を行い、併せて伝統都市論に関する全体史叙述(全10巻)の刊行を実現させる。テーマ案としては、江戸、京都、大坂、パリ、ロンドン、マンチェスター、ニューヨーク、北京、天津、ソウルなどがあげられる。
i. 研究課題の達成を総括するために、「伝統都市の比較類型」を共通論題とする。これに向けて以下の事業に取り組む。(A). 9月にフランス・パリの社会科学高等研究院において、当該テーマに関するラウンドテーブルを開催する。そこで16-19世紀伝統都市の分節的な社会=空間構造に関する比較類型論について包括的な議論を試み、共同研究の成果を総括するとともに、次のステージに向けての課題・戦略を明示する。(B). 11月初旬東京大学において国際シンポジウムを開催する。その内容は(A)の成果をふまえると同時に、とくに近代都市への移行期を焦点とする議論を組織する。(A)・(B)の成果は『年報都市史研究』19号、および『別冊都市史研究』にとりまとめて刊行する。
ii. 単位グループによる6つの基礎研究課題について、それぞれの調査・研究成果をとりまとめる。(1) 単位グループ内の共同研究テーマの成果について、『別冊都市史研究』誌上に編集し、2~3冊にわたり公表する。(2) 単位グループが主催する小シンポジウムを、それぞれ東京大学において開く。
iii. 5年間で蓄積した基礎史料群・基幹的史料のデータを統合し、デジタル化した情報を長期にわたり恒常的に公開・提供するためのシステムを整える。また得られた情報の詳細について、成果報告書に集約し『伝統都市の分節構造に関する基礎史料データブック』として刊行する。
成果報告
1. 平成18年度
本研究は、16~19世紀における伝統都市の歴史特質を、特に分節的な社会=空間構造に注目して、比較類型論的に考察しようとするものである。第一年度目として、共通論題として「分節構造と社会的結合」を設定し、以下のような実績をあげた 。
i. 共通論題に関わるシンポジウム、ラウンドテーブルなどを次のように実施した。
1. 2006年5月13日:東京大学で「16~19世紀の都市イデアとソシアビリテ」をテーマとするラウンドテーブルを開催し、4本の報告を得た。この質疑の中で、本研究の基本的な研究戦略を研究分担者との間で確認。
2. 2006年10月:フランス・パリのアンリ4世校(グランド・ゼコール準備校)アラン・チレー氏を招聘し、28日に東京大学でラウンドテーブル「都市の分節構造――江戸とパリ」を、また30日に同所でワークショップ「近世パリ都市社会史の方法」を開催。
3. 2006年11月11~12日:東京大学で、「分節構造と社会的結合」と題するシンポジウムを開催し、6本の報告を得る。
4. 2006年12月19日:パリ・社会科学高等研究院本部で、「江戸とパリの比較史」をテーマとするラウンドテーブルを開催し、3本の報告をめぐって議論し、研究交流を行う。
ii. 本研究の成果を反映させる場として『シリーズ・伝統都市』(仮)全4巻(伊藤毅・吉田伸之編、東京大学出版会)と企画し、2006年6月に正式に発足した。この企画のために、本研究が中核となる都市史研究会をほぼ毎月開催した(継続中)。
iii. 各メンバーの基礎研究を着実に進めた。特に伝統都市の社会=空間構造に関する基礎史料の写真撮影などによる収集に努め、多くの成果を上げた。主な収集史料は以下である。
・東京都公文書館蔵「明治6年沽券絵図・順立帳」(明治4年)
・山口県文書館蔵「藩庁文書」(城下町萩関係)
・イギリス国立文書館蔵「天津イギリス租界関係史料」
・フランス国立公文書館蔵「パリ市当局記録」「国王裁判所シャトレ文書」
iv. 2006年11月に『年報都市史研究』14号(山川出版社)を刊行し、2006年度前半の研究成果を掲載した。